仏教入門で知る「葬式や法事は何のためにするの?」

「派手なことを好まぬ人でしたから……」

「いやいや、最後の孝行だから、葬式ぐらいは盛大にされてはいかがですか」

「そうそう、そうしないと死んだ人が浮かばれないよ」

このように、葬式や法事を盛大に勤めることが、亡き人の喜ぶことだと思っている人が多いようです。

しかし、死後の供養ではなく、生きている時の孝行こそ、まず大切でしょう。

仏教を説かれたお釈迦様は『父母恩重経』に、

「外出先で、季節の果物などを頂いたならば、持ち帰り、父母に差し上げなさい」

「親が病気になったら、他人にゆだねず、自ら看病しなさい」

など、孝養父母を勧められています。

そのうえで、

「どんなに父母にご馳走をふるまい、美しい音楽、素晴らしい衣装、立派な車、宮殿のような家を建ててあげても、仏法を伝えなければ、いまだ不孝者である」

と教えられました。

両親に仏法を伝えて、ともにこの世から無碍の一道に救われ、未来は阿弥陀仏の浄土に往生して永遠の幸福になることが、本当の孝行であると、真の仏教は教えているのです。

では、葬式や法事を勤めるのは何のためでしょうか。この仏教入門で、正しい葬式や法事の意義を知ってください。

葬式や法事を死者を救うためだと思ってすれば、迷信で終わります。

しかし心掛けさえ間違えなければ、葬式も法事も、有り難い仏縁とすることができるのです。

“あんなに元気だった人が、もうこの世にいないのか”

“私もいつか、白骨になる時が来るのだ”

“あくせく働いて、いつのまにかオレもこんな年になってしまった。何のために生まれてきたのだろう。このまま人生終わってよいのか”

“夢のような人生で、変わらない本当の幸福になるために生まれてきたのではないか。その道を教えられた仏教を、聞かせていただかなければならないな”

仕事も休んで親戚一同集まる貴重な時間。故人を縁として無常を念じ、真剣に仏法を聞かせていただくご縁にしなければ、もったいないことです。

またそれが、最も亡くなられた方の喜ばれることになるのです。

亡き先祖が何を望んでいるか。

それはあえて、亡くなった先祖を呼び出して尋ねてみるまでもなく、私たちが子供に何を望み願っているかを考えてみれば分かります。

それは「正しく生きよ、幸福になれかし」ということしかありません。

そうと分かれば、私たちが正しく生き抜き、”よくぞ人間に生まれたものぞ”という生命の大歓喜を得ることこそ、最も親に対して、先祖に対しての恩返しということになります。

では、正しく生き抜き、真実の幸福を得るにはどうすればよいのか。

それを教えられているのが、真実の仏法なのです。

このお釈迦様の教えを、正しく明らかに教えていかれたのが親鸞聖人でした。

「親鸞は父母の孝養のためとて、念仏一返にても申したること、未だ候わず」(歎異鈔)

“親鸞は、亡き父母の追善供養のために、念仏を称えたり、読経、その他一切の仏事をしたことは一度だってない”

「親鸞閉眼せば、賀茂河にいれて魚に与うべし」(改邪鈔)

“私が死んだら、賀茂川に捨てて魚に食べさせるがよかろう”

間違った常識を打ち破り、生きているうちに親鸞と同じ幸せに救われてくれよ、と叫び続けていかれたのです。

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