入門編:お釈迦さまってどんな方?(1)

仏教の入門編ということで、前回は「仏」についてお話ししました。
復習になりますが、「仏」とは最高のさとり(仏覚)を開かれた方のことです。
地球上で仏のさとりを開かれたのは「お釈迦さま」ただお一人であり、
これを「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」といわれます。

そこで今回は“お釈迦さまとはどんな方か”についてお話しすることになっていました。
非常に大切な内容です。

お釈迦さまは、今から2600年前、インドで活躍なされた方です。
35歳12月8日(ちょうど今月ですね)に仏のさとりを開かれてから、80歳でお亡くなりになるまでの
45年間に説かれた教えを「仏教」といいます。

そこでまず、35歳で仏になられるまでのお釈迦さまの半生をお話ししていきます。

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世界の屋根・ヒマラヤ山脈のふもと(現在のネパール)に、かつて釈迦族の国がありました。
首府はカピラ城といい、城主・浄飯王(じょうぼんのう)の統治によって栄えていました。
浄飯王と妃・マーヤー夫人の間に生を受けられたのが悉達多太子(しったるたたいし)、のちのお釈迦さまです。

満開の花咲き誇る4月8日、初産のため故郷へ戻ろうとしていたマーヤー夫人は、
途中のルンビニーの花園で太子を出産されました。
今日、お釈迦さまのご生誕を「花祭り」といってお祝いするのは、このことに由来します。

太子は、幼いころから大変聡明でした。
7歳の時、文武の師に、国一番といわれるバッダラニーとセンダイダイバーを迎えられます。
師が1を言えば10を理解し、友人たちと技芸を競えば、筆写、計算、弓道、剣道、馬術、相撲などいずれも連戦連勝。
間もなく、2人の師が「太子にお教えすることはもうありません」と父王に辞職を願い出たことからも
その優秀さがうかがえます。

生まれながらにして最高の地位、名誉、財産、才能、家族を持ち、思うままの生活が約束されていたわけですが、
しかし、内省的な性格だった太子は、年を追うごとに悩みを深め、物思いにふけるようになっていかれました。

ある時太子は、虫をついばむ鳥が、さらに強い鳥に襲われるのを見て、自然界の弱肉強食の現実を知りました。
「これは動物の世界だけのことだろうか」と太子は身の回りにも目を向けます。

当時のインドには厳しい身分制度があり、身分が違えば婚姻はおろか、口をきくことすらできませんでした。
奴隷は市民に使われ、市民に対して王族は権力を振りかざす。しかし王族とて最強ではありません。
「弱者は虐げられ、強者だけが生き残るのは、人間界も全く変わらないではないか」

では強者は本当に幸せかといえば、
金を持たぬ者は無いことに苦しむが、金持ちは盗まれはしないかと苦しんでいる。
有っても無くても苦しんでいるのに変わりはないことに、気がつかれたのです。
世の矛盾を感じた太子は、「変わらぬ幸せがどこかにないものか」と考え込まれる日が続きました。
                                 (つづく)
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悉達多太子の有名なエピソードに「四門出遊(しもんしゅつゆう)」があります。
これは仏教入門として、ぜひ知っておきたい話です。

先日、久々に親鸞会の法話を聞きに行ったところ、ちょうどこの「四門出遊」の話でした。
そこで聞いたことも交えて、次回お話ししていきます。

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