仏教入門:浄土仏教

仏教の入門編としてお話しています。
仏教と聞くと地獄極楽を思い浮かべるかたもあるかもしれませんが、そのことについてはまた時間をとって書きたいと思います。

今まで仏教には大きく2つに分けられるということで、以前までは聖道仏教についてお話してきましたが、今回からは、浄土仏教についてお話したいと思います。

聖道仏教とは違って浄土仏教と聞くと、なんだか親しみやすいというか、どこか聞いたことがあるような名前だと思います。
でも仏教に入門したての私たちが間違えやすいのは、仏教と聞くとすべて南無阿弥陀仏と念仏を称えだけでいいんだと思いがちです。
しかし、そうではありません。
このことはまた時間をとってお話いたしましょう。

浄土仏教では、「すべての人を、必ず絶対の幸福に救う」という阿弥陀仏のお約束が説かれています。
これを阿弥陀仏の本願といいます。

「極悪を捨てず裁かず 摂め取る」

仏教の入門したての私たちにとってみたらお釈迦様だったり阿弥陀仏だったりいろんな名前が出てきますが、いったい阿弥陀仏とはどんな仏様なのでしょうか?
「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」
と言われるように、この地球上で仏のさとりを開いたのはお釈迦様ただ一人といわれています。
しかし、この大宇宙には、地球のようなものが無限といっていいほどあるように、
そこに仏さまが現れておられるので、大宇宙には数え切れないほどの仏がおられるのだと
お釈迦さまは教えておられます。
これを三世十方の諸仏といわれます。
お釈迦様をはじめ大宇宙すべての仏の先生が阿弥陀仏という仏さまなのです。
蓮如上人はそのことを「弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば」と言われています。
「阿弥陀仏は、大宇宙のあらゆる仏の先生である」ということです。

このように阿弥陀仏が本師本仏とあがめられるのは私たちを救うお力が他の仏よりもずば抜けているからです。
仏法では仏の念力や仏の力のことを光明といいますが、『大無量寿経』には次のように喝破されています。
「無量寿仏(阿弥陀仏)の威神光明侭最尊第一にして諸仏の光明の及ぶこと能わざる所なり」
“阿弥陀仏のお力は、諸仏をはるかに超えて、ずばぬけている”
だからこそ先生の仏さまなのです。
この阿弥陀仏のお力を12通りに分けて教えられたのが大無量寿経や正信偈にも出てくる「十二光」といわれるものなのです。
(※十二光についてはまた機会があったときにお話したいと思います。)

前回まで書いてきましたように、私たちは煩悩いっぱいで諸仏からも見放されたような煩悩具足のものです。
しかし、他人に嫌われるような子供は、なおかわいい親心のように、大宇宙の諸仏に見捨てられた極悪人なら、なおさら捨ててはおけぬと大悲やるせなく、何とか救わねばならないと立ち上がってくださったのが、阿弥陀仏といわれる仏なのです。
浄土仏教では、阿弥陀仏のお力によってのみ救われることができると説かれています。